進化するデジタルツイン

デジタルツインの概念は、刻々と進化している。特にテスラが新しいデジタルツインの使い方を開発しており、デジタルツインの概念が変化しつつある。

従来、デジタルツインとは何らかの物理的空間に存在する物,  もしくは現象、プロセスをサイバースペースで表現した結果を意味していた。ここでは、「物理的空間に存在する物、もしくは現象、プロセス」を一括してオブジェクトと呼ぶことにする。歴史的背景からデジタルツインはリアルタイム性のあるデータであるという解釈があるが、この概念は不要にデジタルツインのポテンシャルを束縛するため、ここでは使わない。更に、物理的空間にオブジェクトが存在し、デジタルツインはそのオブジェクトをサイバースペースで表現した結果であるという、物理的空間中心の考え方が改められつつある。

 

進化するデジタルツイン

何故ならば、サイバースペースには存在するが、物理的空間のオブジェクトとして存在しないデジタルツインがあるからだ。サイバースペースに存在するデジタルツインは、技術革新をスピードアップするために不可欠な存在である。物理的空間のオブジェクトが後から実現するパターンは、圧倒的に経済性が高いために、今後技術開発の常識となるはずだ。その理由は簡単明瞭である。「原子から構成された物理的空間のオブジェクトはデザインを変更するために原子の組み替えを必要とし、時間とコストが必要であるが、ビットとバイトから構成されたオブジェクトは適切なソフトウエアが存在すれば、殆どコストがかからなく変更が可能である」とアメリカの見識者が説明している。

 

物理的空間で試行錯誤をしてオブジェクトを最適化した従来のエンジニアリングから、サイバースペースで試行錯誤してオブジェクトを最適化するエンジニアリングへ時代は変わりつつあり、それにより、エンジニアリングのポテンシャルが格段に拡張されようとしている。

データとデジタルツインの違い

単純なデータとデジタルツインの違いは、データは名前の如くただのデータであり、デジタルツインは何らかのオブジェクトのデータであり、オブジェクトに対して明確な属性を持つ。

 

何故デジタルツインが必要なのであろうか?

例えば物理的空間で人間がマニュアルで行なっている作業をソフトウエア化すると、手作業では5時間かかる作業が、瞬時に完了する。マニュアル作業が時給5000円だとすると2万5千円かかるのに対して、ソフトウエア化されるとタダ同然のコストしかかからない。もちろん、その為には適切なソフトウエアが開発されることが条件である。ただし、一度開発費をかけてソフトウエア化が実現すれば、プロセスコストはタダも同然となる。つまり、マニュアル作業のソフトウエア化は自動化を意味する。デジタルツインと適切なソフトウエアが存在すれば、プロセスコストがマニュアル時代の数万分の1以下になる。これが何を意味するか考えてみよう。

進化するデジタルツイン

アメリカの未来学者ジョージ・ギルダーは「時代の最も優秀なビジネスモデルは、安い資源を浪費して、高い資源を節約する」と説いている。つまり、ある資源が急に安くなると、その資源を最大限に活用し高価な資源を節約したビジネスモデルが、既存のビジネスモデルに優り、従来のビジネスモデルには市場から敗退する運命が待っている。「資源」をエネルギーと言い換えると、分かりやすくなる。エネルギーの消費量が少なく、同じ目標を達成できるビジネスモデルが勝つわけだ。また歴史を振り返ると、ローマ帝国は「奴隷」と言う安いエネルギーに支えられて繁栄したが、奴隷の供給が困難になり、奴隷の価格が高翔した為に衰えたと歴史学者は説く。エンジニアリングの世界でも、より安いエネルギーで目標が達成できるとエンジニアリングが発展する。デジタルツインはプロセスのソフトウエア化を可能にする。そしてソフトウエア化されたプロセスは劇的にエネルギーの消費量が少ない。

デジタルツインでエンジニアリングが変わる

ここで、注目したいことは、エンジニアリングの最適化努力は経済性が許す範囲でしか実現しないことである。つまり、現在も従来の高価なマニュアル作業で最適化が行われた時代のエンジニアリング常識がまだ生きている。突っ込んで説明すると、最適化工数が最適化の範囲を下記の式で決めている。

最適化の結果の付加価値 ー 最適化工数 > インセンティブ

つまり、マニュアル作業でかかった最適化工数の値が決めた最適化対象領域がCPSの時代に入ってもまだ生きている。これは私たちの思考が物理的空間を対象にして行われているからだ。テスラのイーロン・マスクは「既成概念に囚われずに、自由な発想をする」ことを社員から求めているが、エンジニアリング環境がCPSの到来により変化すれば、新しい環境の特徴を最大限に活用したエンジニアリングが求められる。そして、従来のエンジニアリングの思考パターンを脱皮することにより、全く新しい展開が期待される。それが何を意味するか説明する。

進化するデジタルツイン

最適化の構造

現在も過去も、経済性が伴わない最適化は実現されない。つまり、上記式のように、投資した最適化工数より最適化結果により得られる付加価値がインセンティブより大きくなくてはならない。最適化のターゲット領域は2種類に分類することができる。

①マニュアル最適化で経済性が確立する領域

②ソフトウエア化された作業でないと経済性が確立しない領域

 

 

①の領域は、従来のエンジニアで実現している最適化領域で、既にマニュアル最適化で経済性が実現している領域であるとともに、「最適化」の対象として、誰でも当然ソフトウエア化された最適化の対象と考える領域である。確かに、最適化コストはソフトウエア化により省略されるが、大した経済効果は期待できない。既に最適化された領域を最適化しても伸び代が少ないからである。

②の領域は従来の最適化が足を踏み入れたことのない未開の領域である。この領域で最適化が実現するとピーター・ティールが説く「0→1」の付加価値が生まれる。①の領域で実現する付加価値は「1→(1+α)」であり、②で実現する「0→1」の付加価値は比較にならないくらい大きいことが期待できる。

後編では、サイバーフィジカルシステムとテスラが先導するデジタルエンジニアリングについて解説する。

→後半はこちら

進化するデジタルツイン
Ando Mahito

中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。

現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築​から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。

関連記事