イーロン・マスクの驚異的な開発スピード

イーロン・マスクが指揮する企業の研究開発スピードは競合メーカーの8倍であるという、信じられないようなリポートがアメリカの雑誌「Wired」で公表されました。夢のようなスピードです。何が違うのでしょうか?この疑問は「いかに競争力を高めようか?」と日々奮闘される読者の皆さんにとっては切実な問題です。本投稿ではそのスピードの秘密に迫ってみます。

イーロン・マスクの秘密: その1

イーロン・マスクはサイエンスフィクション(SF)を子供の頃から愛読していました。人間には想像出来ることを実現させる力が備わっています。イメージさえ出来れば、いつか実現させる力を持っています。SF作家は突拍子ないイメージを生んで、将来を予想します。彼等は凡人が考えつかないような発想をするわけです。そして、SF作家がイメージしたことが数十年経つと実現しています。心理学者は、人間は慣れ親しんだことに執着する習性があると説いています。そして、私達は慣れ親しんだ常識を疑うことをしません。ところが、私達が「当たり前」と疑問を持たない常識も、変化の激しい現代社会では賞味期限が切れていることがあるのです。イーロン・マスクはこの事実に気がついているようです。そして、誰もが「無理」と思う領域の目標をたてています。

スペースXのCOOグイン・ショートウエル女史はあるインタビューでこのような証言をしています。

「イーロンが新しいアイディアを提案すると、社員は『それは無理』『絶対に不可能』と反応します。私の役割は社員を宥めて、即答を避け、一緒に解決案が無いか考えることです。すると、不思議と大抵の場合は解決案が浮かび上がるのです」

「現実的ゴール」と一般に呼ばれる目標は、私たちが想像出来る範囲にあります。イーロン・マスクのストレッチゴール(背伸びしたゴール)は想像出来る範囲の外の目標です。ですから、大抵の人は「無理」と考えることを諦めてしまい、頭を使いません。

ところがグイン・ショートウエルの話のように、考えてみると解決案が見えてくるわけです。すると、自然と研究開発スピードが加速します。日本でも本田宗一郎は無理と言われることにチャレンジして解決案を導いて偉業を達成しました。ここで大切なことは社員の意識改革です。イーロン・マスクが壮大なビジョンを打ち上げても、社員が「それは無理」と相手にしなければ空振りに終わってしまいます。イーロン・マスクは頻繁にメールを社員に送り、社員の意識改革を進める地道な努力をしています。この社員を動かす技術は別の投稿のテーマにいたします。

イーロン・マスクの驚異的な開発スピード

イーロン・マスクの秘密:  その2

もう一つの開発スピードを加速させる秘密は、実験と失敗の捉え方です。あるビデオで、イーロン・マスクは目前のロケット打ち上げ実験が成功する確率は30%ぐらいだろうと予測しています。そして2020年12月から2021年5月まで、スペースXは矢継ぎ早にスターシップ8号、9号、10号、15号のテスト飛行を実施しました。15号には8号に対して100件以上の改善点が施されています。イーロン・マスクは実験を成功させるために企画するのではなく、開発スピードを加速させるために実験をしています。

 

そして大切なことは、実験が失敗することを「開発スピードを高める為に必要な要素」と受け止めていることです。実験は研究開発で構築された仮説が目標達成の方向と一致しているか確かめる作業と考えています。実験が失敗することは仮説と現実の間にギャップがあるためであり、実験結果を解析すると改善の方向性が見え、目標達成が加速化されます。2020年、アメリカ空軍支援団体AFAの総会に招待されたイーロン・マスクは実験の失敗について次のように説明しています。「目標は実験を成功させることではないのです。目標は企画したプロジェクトを決められた時間枠内に成功へ導くことです。その為にはリズム良く実験をして、失敗から学ぶことが、目標達成の1番の近道なのです。」

 

イーロン・マスクの驚異的な開発スピード

研究開発の成熟度と必要とする開発時間をグラフ化すると図1、2、3のような曲線を求めることができます。成功する実験を企画すると、非常に高い成熟度が必要とされ、達成するために時間がかかります(図2)。イーロン・マスクは早い時期に実験に踏み切りますので、成功する確率は低いですが、失敗をすることにより、成功するために何が必要かを早期に把握することができます(図1)。闇雲に失敗しないための努力をするのではなく、明確な方向性を持ち、目標に近づける手段が失敗のリスクを負った早い時期の実験なのです。そして、成功するということは、「仮説と現実が一致している」ことを実証しただけで、「ザ・エンド」な訳です。それに対して、失敗した実験は研究開発の方向性を提供するだけでなく、開発している技術のロバスト性に関する情報も提供します。これを繰り返すことで、図3のように開発成功までの時間を短縮できるわけです。

イーロン・マスクから学ぶこと

イーロン・マスクの驚異的な開発スピード

私達は失敗へ対してネガティブな感情を抱いています。これは、私達が減点主義の教育システムで叩き込まれた価値観が災いしています。しかし、失敗の効用を見直して、私達の仕事の中に失敗という要素を「仕事を加速化する手法」として積極的に取り入れるべきです。そのためには、「失敗の経済学」と「失敗の工学」が必要です。経済学は研究開発プロジェクトを多目標最適化問題と捉え失敗を考慮した研究開発ロードマップを作成し、研究開発のスピードアップに貢献する筈です。失敗の工学はイーロン・マスクの場合実験のデジタルツインを用意することです。失敗を再現して綿密な解析が可能な環境をデジタルツイン上に整えています。 

 

別の投稿でオランダの半導体製造装置メーカーASML社が割り出した、イノベーション開発をスピードアップさせる方法もイーロン・マスクの手法に通じるところがあります。ASML社の法則は「30回の試行錯誤を繰り返すと、目標のイノベーションへ到達する」という経験値です。ASML社は如何に研究開発をスピードアップできるか解析し、研究開発費も研究員の頭数も、研究開発時間との相互性がなく、唯一、「仮説、仮説の実証実験、実験結果の解析、新しい仮説の創造」のサイクルを如何に早く回すかで開発スピードが決まるという結論を出しています。

 

イーロン・マスクもASML社も人間の理性を信頼するより、失敗をすることで目標に早く近づけると考えています。この思想の極端な例は医薬品業界で見ることができます。自動化された実験装置で何十万という実験を重ね、期待する作用を見つけるまで開発が続けられます。トマス・エジソンは電球を発明するまでに、5000回実験に失敗したと伝えられています。エジソンにとって失敗は、彼の地図の中に、新しい目的へ辿り着かない道が書き込まれること、つまり彼の地図の価値が高くなることと考えていたのです。失敗を悪者扱いしないで、失敗を上手に使うスキルを持つことがイーロン・マスクのような成功者の条件の一つです。

まとめ

いかがでしょうか?「常識を超えたストレッチゴールの採用」と「失敗への悪感情を訂正し、上手に実験と失敗を研究開発スピードアップに活用する」という考え方が見えてきます。そしてエジソンのような過去の成功者も失敗に対してユニークな考え方をしています。是非、工夫をこらして、御社の研究開発に応用し成果を上げられることを祈っています。

ちなみに、LEXERの生産シミュレーションGDfindiは従来のシミュレーションの価格概念を打ち破り、信じられないような低コストでシミュレーションを実現します。シミュレーションを仮想実験と受け止めると、過去には考えられなかった膨大な量の仮想実験を経済的にして、目標を達成出来る環境が実現したのです。実験は高価だと言う固定観念を私たちは持っています。確かに物理的実験は投資と実験装置が完成するまでの膨大な時間を必要とします。仮想実験が信じられないようなスピードと低コストで実現する事実を踏まえ、「仮想実験を浪費して、他の高価な経営資源を節約する」ことが、これからの「勝者の方程式」です。詳しくは、このブログの「管理職の為のGDfindi講座」をご覧ください。

イーロン・マスクの驚異的な開発スピード
Ando Mahito

中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。

現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築​から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。

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