イーロン・マスクの産業革命

最近、テスラで1年間働きテスラのシステムを内部者として体験した、ジョー・ジャスティスというアジャイル方式の専門家が、彼の体験談を発表し始めました。その内容は衝撃的です。ジョー・ジャスティスの体験談が確かであれば、「いずれ大手自動車会社が電気自動車の開発と生産へ本腰を上げれば、テスラは瞬く間に追い越し追い抜かれ、ほとんど意味のない存在になってしまう」という多くのアナリストの意見は間違っており、格差は今後ますます広がっても縮まらないという結論が導かれます。それは一体どうして可能なのでしょうか?

イーロン・マスクの驚異的な開発スピード」でイーロン・マスクの企業が競合企業の開発の8倍の開発スピードを実現しているというアメリカ雑誌「Wired」の記事に触れ、2つの理由を議論しました。要約しますと:

⁃             「常識の枠を超えたストレッチゴールの採用」と

⁃             「失敗へのネガティブなイメージを訂正し、上手に実験と失敗を研究開発スピードアップに活用する」

とまとめることができます。最近、テスラで1年間働きテスラのシステムを内部者として体験した、ジョー・ジャスティスというアジャイル方式の専門家が、彼の体験談を発表し始めました。その内容は衝撃的です。ジョー・ジャスティスの体験談が確かであれば、「いずれ大手自動車会社が電気自動車の開発と生産へ本腰を上げれば、テスラは瞬く間に追い越し追い抜かれ、ほとんど意味のない存在になってしまう」という多くのアナリストの意見は間違っており、格差は今後ますます広がっても縮まらないという結論が導かれます。それは一体どうして可能なのでしょうか?

テスラはハードを作るソフトウエア企業

1994年のことです、アマゾンの創業を決意したジェフ・ベゾスは東海岸のニューヨークから、西海岸のシアトルへ移り住みました。アメリカ大陸を横断する間、奥さんが運転する車の助手席でアマゾンの企画書を作成したという逸話は有名です。何故アマゾンはシアトルで創業されたのでしょうか?その理由は、シアトルがマイクロソフトの城下町で優秀なプログラマーをスカウトしやすいとジェフ・ベゾスが判断したからです。アマゾンは表向きは本屋ですが、実は創業時点から立派なソフトウエア開発会社だったのです。同じように、テスラは自動車を開発製造するソフトウエア企業と説明できます。

イーロン・マスクの功績は「あれは他山の石、製造業では通用しない」と思われていた、90年代末期にソフトウエア産業で開発されたアジャイル方式を自動車業界へ導入し、製造業で実用化できることを実証したことです。イーロン・マスクは自動車会社の既存の常識を賞味期限の切れた常識にしてしまったのです。自動車業界だけでなく、製造業の革命が始まりました。

イーロン・マスクの産業革命

イノベーションのジレンマ

「イノベーションのジレンマ」は2020年に亡くなったハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が提唱した組織のダイナミックスです。通常、スケール効果で勝るマーケットリーダーは、常に有利な立場で競合メーカーに勝つことができます。ところが、イノベーションがマーケットリーダーの組織に都合の悪い内容だと、組織が抵抗してマーケットリーダーがイノベーションに乗り遅れてしまい、新しい力関係が市場で誕生します。そしてその新しい市場環境でマーケットリーダーがスケール効果でナンバーワンでなければ、マーケットリーダーの地位を失います。現在テスラはこのイノベーションのジレンマのメカニズムを自動車業界で実現しています。そして、その原動力は電気自動車ではなく、テスラが製造業へ導入したアジャイル方式です。ただアジャイル方式を導入したのではなく、CPS(サイバーフィジカルシステム)とAIを融合し、全く新しい製造業のあり方を実現したのです。

ウォーターフォールモデル

従来型製造業の仕事の仕方をジョー・ジャスティスは「ウォーターフォールモデル」と呼んでいます。アイデアが生まれると、まず予算が充てがわれなければ、プロジェクトが始まりません。そしてプロジェクトに予算がつくと、階段状の滝を水が流れ落ちるように、シリアルにプロセスが並び、いずれ工場での量産に結びつきます。ウオーターフォールモデルの特徴を簡単に説明しますと「管理部門の都合で、管理部門が管理しやすいようにデザインされたプロセス」と表現することが出来ます。「管理部門」とは社長を含めて組織の全てのマネージメント機能だと理解してください。アイデアが生まれても、管理部門の都合で、次の予算年度にならないと予算が付きません。そして、いくら良いアイデアでも管理部門が理解できないアイデアは認められないために、予算が付きません。ウオーターフォールプロセスの随所で管理部門が管理しやすい形で仕事が進みます。例えば他の部署とのコミュニケーションは部署のマネジャーの許可なしでは実現しないなど、様々な管理部門の都合による制約があります。通常、新しいアイデアが量産車となり市場へ出るまでに、5年以上かかるとジョー・ジャスティスは主張します。そして、テスラでは同じプロセスが3ヶ月しかかかりません。それはどうして可能なのでしょうか?

テスラのアジャイルモデル

「テスラには管理職がほぼ存在しない」という乱暴な表現がジョー・ジャスティスの証言の要約です。かつてアジャイル方式のエキスパートとして世界中を飛び回っていたジョー・ジャスティスは、コロナのために、全ての講演、セミナーの予定がキャンセルになってしまいました。そこで彼はテスラへ就職するアイデアを思いつきました。入社すると、まずジョー・ジャスティスのスマホに20数件のアプリがインストールされます。

テスラではCPS(サイバー・フィジカル・システム)が実現されており、アプリを使い従業員はサイバースペースでテスラの社内情報にアクセスできます。そこで、各従業員は自分の能力を使い貢献できるチャレンジを自主的に見つけることを期待されます。それは他の従業員が既に起こしたプロジェクトへ参加して、自分のノウハウで付加価値の創造へ貢献することも可能です。また何かの問題を発見し、解決するためのプロジェクトを自主的に立ち上げることも出来ます。すると、そのプロジェクトのデジタルツインがサイバースペースに表示され、そのプロジェクトへ貢献できるエキスパートが関心を持つと、プロジェクトへ参加してくれます。つまり、プロジェクトが魅力的でないと、誰も参加してくれないわけです。従業員個人もプロジェクトもサイバースペース上でデジタルツインとして存在し、それぞれの出費がバーンレート(時間単位の出費)として試算されます。予算という概念がないので、いつでもどこでもアイデアがあれば誰でもプロジェクトを始められます。仕事の結果は付加価値としてデジタルツインへ登録され、またプロジェクトが成功すると、プロジェクトがテスラの株価への貢献度度が数値化されます。

個人の評価もリアルタイムで行われます。面白いのは、ポジテイブな評価しかされないことです。評価がしばらくないと、何か自分の仕事に問題があることを意味します。つまり、セルフオーガナイゼーションとセルフマネジメントの概念がリアルタイムのAI検証システムにより実現されているわけです。またリアルタイムで実績が評価され、評価へ誰でもアクセスできると、管理がなくても、ピアーコントロールが働き、管理機能を置き換えるわけです。従業員がエージェントなのですね。エージェントとは鳥の群れが美しいパターンを描いて空を飛ぶように、ルールと目的が定められていると、自動的にエージェント同士が最適化しグループの秩序が実現すると言われています。

テスラの場合、目的は「地球の持続性を実現する」という抽象的な目的があり、チャンクダウンされると、「電気自動車による内燃機関を持つ自動車の置き換え」「コスト削減」などと明確な目標が存在します。ルールは要約しますと「イニシアティブを取りチャレンジをしない社員にはテスラを去ってもらう」「企業目的へ貢献した社員は持株制度により多大な報酬がある」「誰とでもコミュニケーションを取ることが許されている」「コミュニケーションを取る試みを阻止する人間にはテスラを去ってもらう」など非常に簡単明瞭なルールが作られています。

イーロン・マスクの産業革命

CPSの実現

テスラ、スペースXではCPSの概念が既に実現されているとジョー・ジャスティスは報告します。テスラの工場を離れる車にはそれぞれデジタルツインが存在し、任意の車のシリアル番号のデジタルツインを検索すれば、サービスに必要な情報を取得することができます。そのために、同じタイプのテスラでも、何らかの形で仕様が若干違います。ジョー・ジャスティスはテスラの車種には平均して1週間に27点の改善がされると主張しています。デジタルツインがあるだけでなく、テスラは社員の考案したアイデアをシミュレーションで実験出来るシステムを開発していることが伺えます。ジョー・ジャスティスは、プロジェクトが立ち上がるとまず初めににプロジェクトの対象をテストするシステムの開発が行われるとリポートしています。それは一般化された実験システムへ適切なインターフェイスと目標に応じたコンフィギュレーションを作成することを意味します。恐らく物理的実験も既存の物理的テストシステムを組み合わせ、ソフトウエアで用途にあった調整がされるようです。そしてソフトウエアでは解決ができないハードは3Dプリンターで作成されます。プロジェクトはチャンクダウンされ細分化されたサブプロジェクトのMVP(Minimum Viable Product)が作成されます。MVPとはサブプロジェクトの目標実証実験ができる最小単位です。実験を繰り返すことにより、スピーディーに改良が加えられ、プロジェクトがスピードアップします。企画書に手間をかけることはありません、実験結果に基づきプロジェクトの仕様は実験を積むたびに変わるからです。そして実験をするMVPにはパーフェクションが求められません。実験に成功することが目的ではなく、目標達成を加速させることが実験の意義だからです。

イーロン・マスクの産業革命

まとめ

ソフトウエアを一度開発すると、実験のコストは殆どかかりません。ソフトウエアを使い如何に短期間で実験を低コストで実現するかが成功の鍵です。ハードの実験装置もシステム化され、色々な用途にソフトさえ変更すれば対応できるように設計されているはずです。管理職を必要としないフラットな組織は衝撃です。ビジネススクールも、管理職を支援するコンサルティングの将来も危ぶまれます。日本企業は新しい技術を迅速に導入しますが、落とし穴があり、新しい技術が組織変更を伴うと、導入が大変難しくなります。イーロン・マスクの産業革命は組織変更を強いますので、日本企業に取ってはまさしく革命です。先送りしないで、早急に改革に乗り出す必要があります。

イーロン・マスクの産業革命
Ando Mahito

中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。

現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築​から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。

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