テスラが先導するデジタルエンジニアリング CPSとは

前回は刻々と進化している「デジタルツイン」の概念について解説した。今回は、テスラが先導するデジタルエンジニアリングとサイバーフィジカルシステムについて解説する。

CPSの力関係

サイバーフィジカルスペース(CPS)は、物理的(フィジカル)空間とサイバースペースから構成されている。そして、大変重要なことは、サイバースペースでソフトウエア化されたプロセスが必要とするエネルギーは物理的空間で同等のプロセスが実現した場合の数万分の1以下のエネルギーで足りてしまうことである。前回で紹介したギルダーの法則を最大限に活用することは、開発業務を物理的空間から、できる限りサイバースペースへ移植することを意味する。

 

すなわち、開発をソフトウエアが可能にする限り、サイバースペースで実行した方が開発の効率が高くなることを意味する。それは、可能な限り、開発をデジタルツインで行うことを意味する。その場合、デジタルツインは存在するが、物理的空間にそのデジタルツインに相当するオブジェクトはまだ存在しないケースが考えられる。サイバースペースで試行錯誤が繰り返され、開発目標を満たすデジタルツインが実現すると、初めて物理的空間のオブジェクトが試作されることになる。

テスラが先導するデジタルエンジニアリング CPSとは

テスラが先導するデジタルエンジニアリング

このCPSの使い方に、いち早く注目したのがテスラ社である。つい数週間前、米国連邦道路安全局(NHTSA)はテスラ社が出荷した110万台の車両に対して、リコール命令を発動した。テスラは累積200万台を出荷したと発表したばかりであるから、その55%がリコールの対象である。従来の概念では、110万台をサービスステーションへ呼び戻し、該当部品を交換することが必要であった。ところが、テスラはソフトウエアをダウンロードすることにより、NHTSA の要求を満たす芸当をやってのけた。

数値化を試みると、一台の車の部品交換業務に10万円かかる仮定すると、従来であれば1100億円かかるリコールを、ソフトウエアの変更とダウンロードで解決したのである。ソフトウエアの変更とNHTSAが要求する実証データ作成、そしてダウンロードの工数を保守的に見積もっても、一千万円以下のコストしかかからなかったと想定される。この事件で、テスラが自動車業界のエンジニアリングを革命した事実が明るみに出た。

 

フルスタック・アプローチ

テスラではエンジニアリングがサイバースペースで行われ、フルスタック・アプローチと呼ばれる手法が応用されている。開発がサイバースペースで行われ。目標達成を、詳細ソフトウエア(アプリケーション)、ミドルウエア、プラットフォーム(基本的に物理的構造と言える)の3要素から構成されるシステムとして開発される。プラットフォームは原子から構成されているので、変更にコストがかかる(リコールの場合、部品交換が必要である)。そして詳細ソフトウエアは変更コストが限りなくゼロに近く、ソフトウエアをダウンロードすればアップデートが実現する。この場合、3つの層から構成されたデジタルツインが構築され、試行錯誤をソフトウエア化されたプロセスで行い、目標機能を満たすと、物理的空間でシステムが実現される。サイバースペースでの試行錯誤は物理的空間での業務に対して、ほとんどコストがかからない為に、エンジニアリングの自由度が飛躍的に高くなる。

テスラが先導するデジタルエンジニアリング CPSとは

従来型エンジニアリングとデジタルツインを使ったエンジニアリングの違い

CPU開発のレジェンドで、2016年から2018年にかけてテスラで自動走行用CPUの開発を担当したジム・ケラーは従来型エンジニアリングを“実績主義エンジニアリング”と呼ぶ。実績主義エンジニアリングの特徴は、経験と勘に頼ったエンジニアリングである。物理的空間で実証実験をすることは大きなコストを発生させる為に、実証実験を極力回避して、経験と勘を頼りに、実績の上に新しい層を重ねていく。

 

それに対して、イーロン・マスクが提案するエンジニアリングは実績にとらわれない。高い目標を掲げ、その目標が実現可能であるか、ファーストプリンシプル(第一原理趣向)を使い査定する。ファーストプリンシプルとはギリシャ哲学者アリストテレスが提案した、物事を考える際、原理原則との整合性を確認することを意味する。すなわち、イーロン・マスクは原理原則との整合性が確認されれば、目標達成の道程が不明でもプロジェクトを発進するのである。その際、彼は「目標達成の目処が立っているような、志の低いプロジェクトに彼は関心がない」と断言する。「目標達成の目処が立っている」とは経験と勘で実現できる範囲の目標と表現することができる。イーロン・マスクが追求するエンジニアリングは2つの限界により定義される空間で実現する。その定義の一つは原理原則であり、もう一つの限界は担当するエンジニアの想像力である。サイバースペースでは想像できるアイディアはシミュレーションを活用して、物理的実験の数万分の1のコストで検証することができる。

つまりサイバースペースで、「仮説→シミュレーション→検証→新仮説」のサイクルが猛烈なスピードで廻される。「イノベーションは明確な目標があり、学習のある試行錯誤を30回繰り返せば実現する」という説がある。すなわち、テスラは明確な目標を立て、「仮説→シミュレーション→検証→新仮説」のサイクルを30回、若しくはそれ以上廻して目標を達成しているのである。言葉を変えると、物理的空間の実績主義エンジニアリングでは不可能な目標が、サイバースペースでテスラは経済的に可能にしているのである。

テスラが先導するデジタルエンジニアリング CPSとは

ソリューションが日本に存在した

テスラは世界最先端のIT集団を抱えており、自社内でプロセスのソフトウエア化を業界に先駆けて実現している。市販のソフトが出回るまでに、5年から10年かかるのではないかと想像すると、絶望的に差をつけられてしまう。ところが生産システムに限れば、日本にGDfindiという画期的なツールが存在する。

GDfindi は生産シミュレーションと位置付けられてマーケティングされているが、実際には高度な構造化された生産システムのデジタルツインを設計するツールである。そして、そのデジタルツインの実証実験をシミュレーションで可能にする。つまり、GDfindi を採用すれば、テスラが実践している試行錯誤をサイバースペースで行い、想像力が届く範囲へエンジニアリングのポテンシャルを拡張することが実現するのである。これは、「こだわり」を大切にして、実績の上に層を重ねるが、根本的に過去の束縛から脱皮できない日本のエンジニアリングに、サイバースペースのポテンシャルを提供することを意味する。テスラが実践している低コストの試行錯誤が実現するのである。

次回は、GDfindiとデジタルツインの関係、アプリケーションについて解説する。

テスラが先導するデジタルエンジニアリング CPSとは
Ando Mahito

中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。

現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築​から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。

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