ドイツの風 │ Ando Mahito

リスクと失敗は勝ち組の条件

ビジネスリスクの管理で皆さんはお悩みではありませんか?「リスクがあるから差別化が実現する!」これがジェフ・ベゾスやイーロン・マスクなど成功者の合言葉です。でも、どの様にリスクを管理するのでしょうか?

おとぎ話に出てきそうな名前のアメリカ人ビジネスマン、Mr. Pooh、から授かった秘伝をお話します。

ソビエト連邦が崩壊して、東欧市場の開放により欧州企業にとっては歴史的なビジネスチャンスが訪れました。しかし、リスクが高い為に東欧市場開拓を足踏みする企業が列を並べました。理由は、「旧共産圏では土地の所有権が明確でない」「行政、法律などの自由経済を支援する体制が整っていない」「モラルが悪く西欧企業がビジネスを展開する為には環境が不十分である」などなど山のように高く積み上げられたリスクが論じられました。

ところが、ハンガリーの首都ブダペストで行われた国際会議で、あるアメリカ人ビジネスマンMr. Poohに巡り合いました。驚いたことに、彼は大企業が怖がって進出しない東欧市場で、見事ビジネスを展開して成功しているのです。そして彼の住むポーランドだけではなく、言葉も文化も違うチェコ、ルーマニアなど東欧諸国へビジネスを拡げています。コーヒーブレーク中に彼に歩み寄り、私の率直な疑問をぶつけてみました。「何故大企業が躊躇するリスクを克服し、貴方は東欧市場で成功出来たのですか?」彼は快く成功の秘密を教えてくれました。

上手に失敗をすると、成功する

アメリカ人が、ポーランドでビジネスを成功させることは並大抵のことではありません。言葉も文化も違う環境で信頼関係を築くことは至難の業です。ましてや、ポーランドの隣国でもビジネスを展開するとは、さらに難易度が高いはずです。このアメリカ人ビジネスマンの成功の秘密を要約しますと「成功を目指さず、上手に失敗をすることが、成功への近道」なのだそうです。「安藤さん、確かに大企業は失敗しないように万全の対策を取って、巨額の投資をします。そして市場参入に失敗して敗退する企業を私も見てきました。」と彼は話し始めました。

彼の持論では、治安が悪く、ビジネス環境が万全でない地域では、騙されることは必然なのだそうです。騙されないことにエネルギーを費やしても、所詮外国人の彼は騙されることが宿命です。そこで、彼は騙されることを受け入れました。「どんなに治安が悪い社会にも、真面目に仕事をして成功したい人が必ずいます。私はその様な真面目で才能豊かな人を探し、彼が必要とする資金と彼が活躍できる環境を提供します。ただし、私の眼鏡は完璧ではありません。夜逃げもされましたし、企画したビジネス以外に金を無断で注ぎ込まれ倒産した例もあります。私の経験上、私の眼鏡にかなった5人にそれぞれ資金を与えて事業をさせると、統計学的にその中の1人は必ず成功します。私の信頼を裏切らず成功したマネージャーには、預ける資金を少しずつ大きくします。彼は私の信頼に感謝して事業を精力的に伸ばします。彼と私の間にウィンウィンの関係が成立するのです。」

リスクと失敗は勝ち組の条件

おとぎ話「くまのプーさん」を自然と連想してしまう名前のアメリカ人のビジネスマンは、失敗を受け入れて、確率の世界でビジネスを展開しているのです。初期投資額はプロジェクトが失敗してもMr. Poohのビジネスに打撃がない程度の金額を選びます。Mr. Poohの場合、当時(2010年)10万ユーロが適正額だそうです。ですから、Mr. Poohは理想的なビジネスパートナーを見つける為に、最高で40万ユーロの投資をするわけです。「成功する為にコントロールした失敗をする」がMr. Poohのビジネス哲学です。

ディック・モーリーの確率論

2017年に亡くなったPLC発明者Dick Morley(ディク・モーリー)は、生前エンジェル投資家として活躍し、自動化国際会議の人気者のキーノートスピーカーでもありました。彼は年間100本のビジネスケースを分析して、その中の選りすぐった3社に投資をします。その後、投資をした企業のメンターを務めて、約10年間投資を維持します。10年後に整理をすると、倒産した企業もありますし、利益が出ないで売却する企業もありますが、10社に1社の確立で大ブレークする企業が出現します。
このブレークした企業の利益で、他の9社で出した損出をカバーして、換算すると年間35%のROIに相当する利益が捻出されます。

リスクと失敗は勝ち組の条件
出典:automation.com

これは一種の多目的最適化問題で、彼の場合、成功する企業の確率を引き上げようと試みるとROIが35%に手が届かなくなり、確率を下げても35%に到達しないとモーレーは断言しています。彼のデスクの上へ舞い込むビジネスケースの0.3%が成功する計算です。彼は35%のROIを捻出するために、数多くの失敗を受け入れていました。

イノベーションは失敗の上に育つ

アメリカのCRMソフト開発会社Salesforceが2019年に創立20周年を迎えました。20周年記念にある雑誌が、Salesforceから独立し独自のソフトウエア企業を創業した創業時の従業員に対して「Salesforceで学んだこと」をテーマにインタビューしました。彼の答えは「失敗を恐れていてはイノベーションが実現しないことを学んだ」というものでした。別の投稿で触れますが、オランダの半導体製造装置の巨人ASML社はイノベーションを開発する過程で30回のPDCAサイクルが必要だと説いています。チャレンジを繰り返し、失敗を辞さない姿勢が伺えます。日本人は失敗に対しての概念を改める必要があるかもしれません。

ジェフ・ベゾスの2種類の失敗

アマゾンの創立者ジェフ・ベゾスはあるインタビューで、失敗には「オペレーションの失敗」と「チャレンジの失敗」と言う2種類の失敗があると説いています。

「オペレーションの失敗」とは既に確立されたプロセスで起きる失敗を意味します。アマゾンは全世界に流通センターを数多く運営しています。新しい流通センターの構築は、彼らにとっては標準化されたプロセス、即ちオペレーションなのです。ここでの失敗は許されない失敗であると、ベゾスは断言しています。

ところが、もう一つ「チャレンジの失敗」があります。ビジネスイノベーションの為に全く新しい試みにチャレンジする場合、統計学的に見ても失敗は付き物です。失敗の確率が低いことは目指すイノベーションの付加価値が低いことを意味すると言っても過言ではありません。「チャレンジの失敗」は評価されるべき失敗であり、これを誤り「チャレンジの失敗」を罰すると、イノベーションが育たない企業文化が養われてしまいます。そこでジェフ・ベゾスはチャレンジと失敗を奨励し、同時に如何に安いコストで失敗が出来ないか、常に勢力をつぎ込んで工夫をしています。ジェフ・ベゾスの工夫については別の投稿を予定しています。

まとめ

一風変わった東欧のアメリカ人成功者Mr. Poohの失敗の哲学は、ニュアンスは違いますが、様々な形で他でも巡り会うことができます。そして、「チャレンジの失敗を歓迎するパターン」はディック・ムーニー、Salesforce、ASML、ジェフ・ベゾスと目を見張るような成功者が共有するパターンと言えます。日本でも、本田宗一郎が「99%の失敗の上に1%の成功がある」と言う言葉を残しています。「失敗を嫌う一般の常識」を覆す必要があります。変化の少ない時代においては、オペレーションが大半を占めていました。「オペレーションでの失敗」は許されない失敗です。そして、オペレーションの失敗を阻止するために投資をして、成功の確率を高めることができた時代も過去にはあったのでしょう。

ところが、現在私達は、歴史的にも稀に見る激しい変化の時代に直面しています。現在私達から必要とされていることは、「時代の変化に対応したチャレンジ」です。そして「チャレンジの失敗」を積極的に歓迎しないと、イノベーションのスピードに劣り、時代の勝者になれません。

「失敗」に対しての概念を見直し、イノベーションの速度をスピードアップすることが、勝ち組の条件として問われます。現在の勝者の方程式は「失敗を拒否しないで受け入れる。そして、数多くの失敗を前提に失敗のコスト管理を徹底する」と要約できます。

リスクと失敗は勝ち組の条件
Ando Mahito

中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。

現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築​から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。

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