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ドイツの風 │ Ando Mahito
ASMLのイノベーション開発法
1980年代「いずれキャノン、ニコンに太刀打ちできず、市場を去る運命」と予告されていたオランダの半導体製造装置メーカーASML社が2010年代に半導体露光装置市場で独占的立場を築きました。スケール効果で勝るマーケットリーダーには勝てないと言う常識を覆したのです。
本投稿では、ASML社にスポットライトを当てて、ASML社の成功の鍵を考えます。そして、特にASML社の研究開発戦略に迫ります。
ASML社の成功のもとは、モジュラーアーキテクチャーだけではない
法政大学イノベーション・マネジメント研究センターが2018年2月2日に開催した「日本における電子半導体産業の未来を考えるシンポジウム『海外のジャイアントに学ぶビジネス・エコシステム』」のリポートから引用します。
2000年以前、先端微細化プロセス向けの半導体露光機市場におけるシェアは、ニコンがASMLを上回っていた。しかし、徐々にASMLが拡大し2010年頃にはASMLがシェア約8割、ニコンは約2割と立場が大きく逆転した(キヤノンは早い時期に先端微細化プロセス向け市場から撤退している)。半導体露光機は究極のすり合わせ型製品であり、それは、日本企業が得意とする分野である。しかし、ASMLのモジュラー(アーキテクチャ)は、ニコンのインテグラル(アーキテクチャ)を凌駕ˋすることとなった。
法政大学(2018)「日本における電子半導体産業の未来を考えるシンポジウム『海外のジャイアントに学ぶビジネス・エコシステム
アーキテクチャーが決定的な競争力の差を生んだことが窺えます。ソフトウエア産業の発展に伴い、ソフトウエア開発効率を上げる研究に莫大な資金が流れました。ソフトウエアの複雑性を管理して、開発組織がソフトウエアプロジェクトを効率よく運営する為に、「アーキテクチャー」「モジュラー化」「オブジェクト化」「システム思考」などの概念が生まれました。そして、他の分野の優良企業がソフトウエア業界の概念を導入して、複雑性を管理して成功しています。その著名な例の一つがASML社であると言って過言ではありません。
ASML社が公表したピラミッド型のグラフィックに半導体露光機の開発・製造に必要な全ての経営資源が表示されています。その中でASML社が管理している領域は、約20%に相当するピラミッドの頂点だけです。製品のアーキテクチャーがモジュラー化されており、モジュール間のインターフェイスが標準化されていると、外部経営資源の有効利用が円滑に実現します。ASML社は投資家へ、如何にASML社は投資家から預かった資金を効率よく運用して株主利益を上げているか、ピラミッドのグラフィックで訴えているのです。
また、2年ごとに新しい技術が導入される半導体業界で、ASML社のモジュール構想は、新技術に対応したモジュールだけを購入し旧製造装置の母体を再利用することが出来ることが魅力だともリポートされています。他のヨーロッパの優良企業が製品プログラム全体を一つのシステムとして考え、アーキテクチャーを構築し成功していますが、ASML社も似たような思想を導入していると考えられます。ソフトウエア産業の考え方を導入して成功した企業は別の投稿でも紹介いたします。話がそれますが、レクサーのGDfindiも構造解析の産物で、モジュール化された構造をしているのが特徴です。このテーマも別の投稿のテーマとします。
半導体ロードマップ、ITRS
米国の半導体工業会(SIA: Semiconductor Industry Association)が半導体ロードマップを作成したのがきっかけとなり、1997年より世界の 5 地域(米国,欧州,韓国,台湾,日本)の半導体工業会が共同で半導体ロードマップ(ITRS: International Technology Roadmap of Semiconductors)を作成しています。
ITRSはムーアの法則が守られることを前提として15年先まで、半導体技術革新を予測します。そして、その実現のために必要な技術要求と技術課題を公表することにより、全世界の半導体技術開発の歩調を合わせることを実現しました。ITRSは半導体技術躍進に大きく貢献しました。この中でペースメーカー的存在が半導体露光装置です。半導体露光装置メーカーがITRSのスケジュールを守らないと、業界の進歩が足踏みしてしまいます。
ASMLのチャレンジと極められた開発法
半導体露光装置メーカーは常に未知の世界へ挑戦し、ITRSにより定められた限られた時間内に半導体集積回路の密度を高める新技術の開発をしなくてはなりません。「イノベーションとは今日不可能と思われていても、明日可能になること」と言うイノベーションの定義があります。ASML開発者出身のオランダ大学教授が使った講義の資料に、ASMLが「イノベーションを効率よく進める手法」について多大な金額を投資して研究したと記されています。
その研究結果は5つの要因にまとめられます。
- 研究員の頭数と開発スピードの間には関係が認められない
- 研究費の金額と開発スピードの間には関係が認められない
- 30回のハイレベルな試行錯誤を繰り返すと目標に到達できると言う経験値がある
- 試行錯誤サイクルのスピードを上げれば開発のスピードが上がる
- 如何に実験装置の構築スピードを高めるかで勝負が決まる
つまり仮説を立てて、実験で仮説の実証を試みる。仮説はその時の開発者の知見であり、実験が成功しないことは、仮説と現実との間にギャップがあることを意味します。そして、実験結果には次の仮説を立てるためのヒントが隠されているわけです。ASMLの発見したイノベーションプロセスのメカニズムでは、実験成功の確率を高める為に時間とお金を投資することは開発スピードを高めません。ASMLにとって、失敗は目標達成への近道なのです。
失敗とは、より賢く再挑戦するためのよい機会である。
まじめな失敗は、なんら恥ではない。
失敗を恐れる心の中にこそ、恥辱は住む。
- ヘンリー・フォード -
ヘンリー・フォードの「真面目な失敗」に注目し、ASMLの見つけたイノベーションへの早道を定義してみましょう。
イノベーションへの早道は下記のようになります:
- 目標の明確な定義、
- 仮説の構築、
- スピーディーな実験による仮説の検証、
- 『真面目な失敗』から仮説と現実のギャップの解析、
- 新しい仮説の構築、
- 新しい仮説の実験による検証
- このサイクルを、30回を目安に、設定された開発期間内に実施する
「失敗を恐れる心の中にこそ、恥辱は住む」は心に刺さります。「失敗」に対する感情、概念を改める必要があります。「真面目な失敗を積極的にする」が成功の秘訣です。
まとめ
別の投稿【リスクと失敗は勝ち組の条件】では、「チャレンジの失敗を受け入れる」、そして「失敗のコスト管理の徹底」が「勝者の方程式」とご紹介しましたが、本投稿でASMLから学ぶことは「PDCAサイクルを早く回す」が加わります。PDCAを早く回す為に必要な要素の一つは「短期間で実証実験を実施する技術」です。
フロントローデイングの概念を使い、オフラインで準備出来ることは全て事前に用意する。その為にはシステム思考を導入して、実験装置をシステム化する。すなわちアーキテクチャーを導入しシステム構成要素間のインターフェイスを標準化する。そして仮説の検証に必要な要素しかオンラインで製造しない仕組みを組む。
ASMLとアマゾンのジェフ・ベゾスに共通する特徴は、「結果を求める」ことに集中せず「プロセスを最適化する」ことにエネルギーを費やすことです。そして人間の理性をあまり信用していません。「理性を信頼し成功の為に投資する」という概念、または「投資をすれば成功の確率を高められる」と言う概念を持ち合わせていません。
実験をして失敗すると、自分達が築いた仮説の評価が出来、新たな仮説を立てる方向性が実験データから得られる。そして如何に迅速に行動するかで競争力を高めることが出来る。余談になりますが、レクサーのGDfindiは従来考えられなかったレベルのコストとサイクルタイムで生産システムの仮想実験を可能にします。このテーマは別途投稿でご説明いたします。
Ando Mahito
中学時代にドイツに渡航。カールスルーエ工科大学にて、機械工学を専攻の後、PhDを取得。卒業後は、シーメンス社やボッシュグループにて、プロジェクトマネジメントおよび経営企画、社内コンサルティングに携わる。
現在では、株式会社レクサー・リサーチ、フラウンホーファー財団IPA研究所と共同開発契約を結び、シミュレーション系最大手エンジニアリング会社と協力関係構築から生産シミュレータGD.findi のドイツ市場開拓に従事。
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